私はずっと、自分の感情を誰かに伝えることができなかった。
怒っていても大らかなふりをして、悲しくても傷ついていないふりをした。
誰にも言えなかった。
言葉に出来なかった感情は、「大人だから」という呪いの呪文で全て飲み込んできたんだと思う。
著者の金原ひとみはこのエッセイの中で、自分の中に渦巻く感情を丁寧に言葉にしていく。
パリでの生活、子育て、そして帰国。
慌ただしく過ぎる毎日の中で感じた、彼女の生きづらさ。
思えばずっと泣きそうだった。でもずっと幸せでもあった。この十年で自分から死ぬことを考えなくなった。でも夫に殺されたいと願うことが増えた。もうすぐ長女は十二歳になる。毛足の長いカーペットに染み込んだペンキのように、幾重にもわたってぶちまけられ続けた愚かさの染みは消えない。あの時あんなに幸せだったのにと思い起こされる幸せは全て幻想だと思っている。ずっと泣きそうだった。辛かった。寂しかった。幸せだった。この乖離の中にしか自分は存在できなかった。
金原ひとみ『パリの砂漠、東京の蜃気楼』(ホーム社)
私はこのエッセイを読んだ時、ただただ「羨ましい」と思った。
自分の感情を言語化出来る技術と、感情に向き合うパワー、そして、人を信じる力。
そもそも自分の言葉が誰かに伝わるって信じられなければ私は発言することも小説を書くこともできない。
金原ひとみ『パリの砂漠、東京の蜃気楼』(ホーム社)
私が感情を伝えられなかったのは、目の前の人を信用していなかったから。
“分かってもらえない”と決めつけて、”あんたに分かってたまるか”と切り捨てた。
上手に話せなくてもいいし、伝えきれなくても良い。でもまずは目の前の人を信じること。
そしたら私も、少しずつ自分の気持ちを伝えられるようになるんじゃないかな。
そう思ったら、息苦しさが少しだけマシになった気がする。